この前の記事の補足(蛇足)なんだけど。
自分は演歌が苦手だけど得意な方はどうぞ遠慮なく。
村上春樹は嫌いだけど好きな方がいてもオッケー。
これが「寛容」だよね。とても大切なこと。
自分はプーチンを認めないけどプーチンも頑張ってね。
これはどうだろう。演歌や村上春樹とは違うような。
「寛容を守るためには不寛容に不寛容であるべき」。
これがいわゆる寛容のパラドックスと言われるもので。
不寛容に寛容だったら寛容は負けちゃうってわけ。
でもそれだったら言ってることが矛盾しちゃう。
だけどプーチンを許すわけにはいかない。
プーチン以外にもいっぱいいるけれど(笑)
ということはやっぱりダメなものはダメ。
そういうことなのかな。とも思うよね。
「寛容を守るために不寛容になる」。
それは「寛容の自殺」にほかならない。
という主張もあって。どれが正しいのだろう。
ただし。今の世の中って寛容と不寛容。
不寛容の方が圧倒的に多いような気がする。
そうすると寛容は不寛容にならざるを得ない。
そしたらやっぱり寛容の自殺になっちゃうよね。
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