Sさんはワクより一回り上の女性。
職場は違うがつきあいは20年になる。
大和撫子の表現がぴったりのおしとやかな方だ。
しかし仕事はしっかりできるし地域にも貢献している。
家庭では90歳を超えたお父様の介護をしながら
視覚に障害をもつ弟さんと知的に障害をもつ娘さんを
一人でめんどう見ている(娘さんが生まれて離婚された)。
やさしくて芯のあるSさん。小さな愛を育んでいるとも聞いた。
Sさんファンのワクはその新しい愛を静かに応援していた。
そのSさんに病魔が発見されたのが昨年の夏だった。
しかもそれはすでに深く広くSさんの身体を蝕んでいた。
それを知ったとき憤りというか怒りというか
そんな感情が湧いたのをワクは覚えている。
過酷な人生を歯を喰いしばって歩んできた人間がその最後に
幸せをつかもうとする時どうしてそんな仕打ちをするのかと。
手術の前にSさんは「わたしは死ねません」と言ったという。
大腸を摘出したものの酷く壊れた肝臓は残され長い手術は終わった。
そしてSさんは闘病生活に入った。ワクもみんなも絶望的な思いだった。
半年ほど経ちSさんが次の手術に耐えられるまで快復した。
そんな話を聞いた頃たまたま街でSさんの娘さんと会った。
Sさんのお嬢さまは相変わらず天使のような澄んだ目をしていた。
今日のこと。ワクの職場にSさんが挨拶に来られた。
休職期間が過ぎて正式に退職することになったのだ。
1年半ぶりのSさん。血行もよくいい表情をしている。
いまSさんの体から悪魔の細胞はすっかり消え去った。
医者も信じられない奇跡。Sさんは末期癌に勝ったのだ。
Sさんの挨拶は素晴らしいものでワクは涙を流したのだが
そこにいたみんなが同じように涙で快復をお祝いした。
いきなり死に直面し乗り越えられたことへの感謝の言葉である。
Sさんのこれからの素晴らしい人生を心から願う。
Sさんに感謝の気もちでいっぱいである。
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この記事をワクが書いたのは2年半前のこと。
一昨日Sさんは天に召され今日お別れをしてきた。
告別式の喪主はSさんと愛を育んでいた方だ。
そう。Sさんは人生の最後に愛を実らせた。
じつはこの方はワクが敬愛する先輩である。
先輩はこう挨拶した。障害をもつ残された二人は
私がしっかり守ると妻に約束いたしましたと。
祭壇に飾られた写真のSさんは眩しいくらい美しかった。